卓話『カナダの野生のオルカと私』 三屋智子様

野生のオルカ2

☆☆☆☆☆ 1月31日(水)☆☆☆☆☆  
 
外部卓話 『 カナダの野生のオルカと私』

       野生オルカ研究所 三屋智子様

●オルカラボについて
オルカラボは、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の西海岸、ジョンストン海峡にある小さな島にたてられています。この島はハンソン島という無人島で、タテ3キロ、横8キロくらいの小さな島です。このハンソン島周辺にはとても大きな川があって、夏になると鮭がいっせいに川にのぼってきます。この鮭を食べるために、夏にはシャチが集まって来ます。
今から約30年も前、ポール・スポング博士は、無人島であったハンソン島に移り住み、たったひとりでオルカラボを作りました。博士は、もともと脳の研究者で、バンクーバー水族館でくじら類の脳の研究するという仕事をしていましたが、水族館での鯨類の飼育に疑問を感じ、野生下でのシャチの研究の方に興味を持ったのです。そして、活動拠点として選んだのが、現在のオルカラボのあるハンソン島です。
●シャチについて
シャチは体長7~10メートル、体重は4~5トンから最大10トンにもなる、大きなほ乳類です。脳は人間の4倍あり、とても高度な知能と社会性を持った動物です。また野生のシャチ同士の間では決して争うことはなく、人間を襲うこともありません。オスはメスの2倍以上もある高い背びれを持っています。背びれの形とその後ろの白い模様で、個体識別をすることができます。
シャチには、アシカや大きなクジラをも襲う肉食のものと、魚しか食べない種類がいますが、どちらの種類のシャチも、音響動物と呼ばれるほど、音に頼って生きている動物です。オルカラボ周辺のシャチは、家族ごとに方言があるので、慣れればわたしたちでも簡単にどの家族の声か判別することができます。
スポング博士は、「伸び伸びと生きる野生のシャチたちの生活のじゃまをしたくない」ということでした。そのポリシーに従って考えだしたのが、「リモート・ハイドロフォンシステム」というものです。ハンソン島の周辺、特にオルカたちがよく通る水路に水中マイクを沈め、彼らの鳴き声を拾い、方言を聞き分けて、行動をつかもうと思ったのです。この方法で、それまでの追い回したりする研究ではほとんどわからなかった夜の間の動きもカバーできるようになりました。
オルカラボには30年分のデータがあり、自分たちの研究材料になっていることはもちろんですが、研究者や学生がいろんなシチュエーションにおいての研究論文を書く時、必要なときに借り出せるデータライブラリの役目も果たしています。
●迷子のシャチの帰還
働き始めてから4年たった2002年、シャチという動物に対してあらためて感動する出来事がありました。お母さんを亡くして迷子になってしまった赤ちゃんのシャチにまつわる話です。
スブリンガーは、2000年に生まれました。翌年、夏になってスブリンガーの一家がハンソン島の近くまで戻って来たとき、スプリンガーとそのお母さんの姿は、群れの中にはありませんでした。
シャチは家族で一生を共にする、非常にきずなの強い動物です。1頭のオルカが群れの中にいなければ、死亡したとみなされます。なので、わたしたちはてっきり、母親とスブリンガーは、死亡したものと思っていました。ですが、お母さんを亡くしたスブリンガーは、ひとりぼっちで生きていたのです。
●マップ
お母さんを亡くしたスプリンガーはアメリカの海まで泳いで行きました。そして2002年1月、シアトル沖でひとりぼっちでいるところを人間に発見されました。シャチの赤ちゃんがひとりぼっちでいるということは尋常ではありません。彼女はやせていて、皮膚の状態もよくありませんでした。心配した研究者たちは、水中マイクを沈めてそのシャチが誰であるか調べようとしました。そして、この小さな赤ちゃんが、アメリカ周辺に住む子ではなく、何百キロも離れた遠いカナダの北のシャチの方言を使っていたことに大変驚きました。
話し合いの結果「カナダに連れて行って家族のもとに帰そう」という結論になりました。政府、漁業局、研究者、マスコミ、ボランティア、野次馬、すべての人が一丸となってスブリンガーを仲間のもとへ返すための準備がはじまりました。
スプリンガーはとても小さかったので予算もすぐにつき、高速ポートがチャーターされました。7月、彼女の故郷であるジヨンストン海峡に、夏になって他のシャチたちが戻って来始めたとき、スタートしました。スブリンガーはポートに乗せられてカナダに向かいました。スブリンガーは、オルカラボのあるハンソン島の、ドンチヨンベイという小さな入り江にやってきました。入り江にはいけすが作られていて、現地の人が生け捕りにしてくれた鮭がたくさん入っていました。いけすに入ったスプリンガーは長旅の疲れも見せずに元気に泳ぎ回り、鮭をもりもり食べて仲間が来るのを待ちました。
さっそく仲間がやってきました。スプリンガーも迎えに来た仲間もとても興奮しているのが、よくわかりましたが、研究者がもう少し様子を見たかったようなので、開放は翌日にもちこしになりました。
翌日、へりやマスコミのボートや人間が海岸にたくさんいて、とても緊迫した雰囲気のドンチヨンベイの中に、勇気を出して入って来ました。
彼らはこのとき次に起こることを人間の手にゆだねるしかないことを知っていたのでしょうか、シャチは相当強い力を持っていて、いけすのそばに立っている人間を襲おうと思えばできたでしょうし、いけすも壊せたと思います。でも、彼らが次にしたことは、水面に一列に浮かんで、わたしたちの判断を待つ、ということでした。指揮を取っていた研究者さんがとうとうゴーサインを出しました。こうやって、スプリンガーはジヨンストン海峡に住む野生のシャチに戻ったのです。
あれから5年たった現在も、スブリンガーは親戚や仲間のそばをかたときも離れず、すくすくと元気に育っています。スプリンガーは現在6歳、あと5~6年もすれば、母親になるかもしれません。この海域のシャチは1960年代後半から、おもに水族館へ売られる目的で無謀に大量捕獲され、数が激減してしまいました。捕まったシャチたちも、ほとんどがすぐに死んでしまいました。将来このやんちゃなスブリンガーが母親になって、1頭、また1頭とこのコミュニティの数を増やして行ったとき、わたしたちは自分たちが助けたひとつの小さな命の大きさに、あらためて気づかされるかもしれません。
わたしが野生のシャチをこういった方法で追い続けているのは、広い海で音を存分に使って暮らす彼らの姿が好きだからです。もちろんボランティアスタッフですから、夏の3ヶ月の間、寝る間も惜しんで働いたからと言って、給料がもらえるわけでもないし、大学の研究者ではないので湯水のようにお金を使って論文が発表できるわけでもありません。でも、わたしはシャチという、決して争わず、平和を愛する動物が好きで、海の中に響く彼らの声が好きで、この動物のことを少しでも多くの方に知ってもらいたいと思いました。学者さんの言うことは難しくてわかりにくいけれど、10年前までシャチの事を何一つ知らなかったわたしの言葉なら、一般の人にもわかりやすいのではないかと思いました。少しでも多くの人にシャチの事を知ってもらい、興味を持ってもらうことで、彼らの住む海を守り、さらに地球を守れることに繋がれば、すこしでもその役に立てればいいなと思っています。

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