『福井県の国際化について』

☆☆☆ 2008年1月30日(水)☆☆☆ 

国際交流協会 会長
福井北RC  会長    栗田幸雄様

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平成16年に山中RCとの合同例会にて卓話させて頂きました。先ほど紹介されたように、例会日が同じでなかなかお邪魔させて頂く機会がございません。2010~2011年度に2650地区のガバナーということになっておりまして、その際には皆様にお世話になりますがよろしくお願い致します。
 福井県国際交流会の会長もしておりますので、本日は福井県の国際化の話をさせて頂きます。
福井県の友好国がどうなっているかと、今、県内にいる外国人と多文化共生社会を実現していく取り組みについてお話します。
【福井県の友好交流】
戦後都道府県が友好提携を結んだのは昭和35年頃からです。40年~50年代になりますと各県が提携を結び、現在は120件程で、1県2、3件となります。50年代以降は市町村もありますが、大学、小学校、マスコミなど種々の機関が姉妹提携をするようになり、国際化が進んできました。
福井県の状況を見ますと、平成2年に中国浙江省、秋に米国ニュージャージー州と結びました。
中国紹興市とのご縁は芦原の藤野厳九郎先生と文豪魯迅との仙台医学校での師弟関係でありました。その縁であわら市と紹興市が、又曹洞宗の祖、道元禅師が寧波の天童寺にて修行され、永平寺はこの天童寺と全く一緒の建て方です。昭和58年にあわら市と紹興市が姉妹提携を結びました。又、福井市も杭州市と姉妹提携を結んでいます。平成2年に友好協力協定を結び、平成5年に福井県と浙江省は姉妹提携の正式に調印の運びとなりました。以降、教育、文化スポーツ、学術等、中国と大変仲良くしております。平成8年には西湖のほとりに水仙楼(ホテル)が完成しました。平成3年以降技術研修員5~10名を受け入れていまして今も続いています。又、浙江大学への留学生も派遣しています。
アメリカのニュージャージー州と平成2年に友好提携を結びました。留学生日下部太郎が縁でラトガース大学に留学生を送るとか、武生東高校を中心にニュージャージー州の高校に50名をホームスティさせることもしました。平成13年にはラトガース大学付属ジマリー美術館でジャポニズム展を開催し、それを福井市美術館でも開催しました。平成14年には県立音楽堂とニュージャージーのパフォーミングアートセンターと姉妹提携をするなど芸術・学術の交流を盛んにしています。
ドイツ、ハールブルク郡ヴィンゼン市には訪ソ青年の船でホームスティを30年近くしていました。その関係で平成11年に友好提携を致しました。平成18年にはガーデン博をするので協力をして欲しいとの依頼があり、日独友好協会が中心になって「日本庭園」を提供しました。
 ブラジルは福井県から移民で多くの方が行っていますので、激励をしようと何回かいっています。又、研修生を4-5名受け入れています。
2008年は100周年に当たります。式典には参加したいと思うのですが・・。県下の市町村や学校同士でたくさん友好提携をされています。
【外国人との多文化共生社会の形成】
県内には1万4千人の外国人がいます。中国が4000人、韓国・北朝鮮が4000人ブラジルが3000人フリッピン1400人です。
国際交流委員として県3名市町村で5名います。又、外国語指導助手として103名います。他県に比べ、人口割りに高い比率で外国語の指導助手がいます。高校・中学は勿論、出前講座で小学校にも行っています。
国際交流協会では年2回福井と嶺南でフェステバルを開き、在住の外国人にボランティアで夫々の国の食べ物や芸能、習慣を披露して貰って、仲良くしていただこうとしています。
外国人が一番心配していますのは、安全ということです。
どこに病院があるか、どこに警察署や消防署があるかが直ぐに分かるようにして欲しいということです。昨年、安心・安全マップを作り外国の方々に配りました。
最近、在住の外国人に800名のアンケートをとった結果、困っていることは
 ・日常生活では病院での会話、役所での会話、日本語の勉強がしたい等
 ・子育て、入園手続き、子供の学校生活・進学問題等です。
特に望む事は、病院・役所・学校・ハローワークでの通訳・翻訳の紹介やサービスをして欲しい。日本人と交流が出来る場所が欲しい。
このような要望に応える事が多文化共生社会を実現する為に必要ことではないでしょうか。

2月17日に国際交流会館で福井北RCと共催で外国人を対象に「弁論大会」を開きます。1等20万円としたところ多くの方が応募され12名に絞ってスピーチをしてもらいます。その中でも福井弁が混じっていると得点が高いと話していますので、面白いスピーチになるのではないかと期待しています。

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2月6日(水)1時30分よりジョイマートユニー丸岡店前にて街頭献血を行います。
例会終了後は全員で献血に行きましょう!

一人でも多くの方の献血をお願いします。

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卓話の中に出てくる『日下部太郎』とは

日下部太郎は、1867(慶応4)年、越前福井藩主松平春獄の命を受けて最初の官費留学生として渡米し、ラトガース大学に入学した。ラトガース大学は、1766年の創立(全米で8番目)でニューブランズウィック市にあり、今でこそニュージャージー州立の広大なキャンパスを持つ有名大学だが、その当時はまだごく小さな大学であった。日下部は、西洋の進んだ文化や工業を学ぶため、3年間必死に勉強し、特に数学の分野ではかなり優秀な成績を収めていた。ところが1870(明治3)年4月、日下部は、卒業を目前にしながら結核のために異国の地で亡くなってしまう。享年25歳の若さであった。日下部の死を悼んだラトガース大学は、特例として卒業生名簿に彼の名を載せ、優秀な卒業生のみがなれるファイ・ベータ・カッパ(Phi Beta Kappa)会員の資格を学位とともに彼の死後に贈ったのであった。

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